3.ことばの発達を促すには
まず初めに,一般的な方針について述べ,次にことばの発達段階別に少し細かに説明しましょう。聴こえが悪い場合は除きます。
●一般的方針
全般的に発達が遅れている場合,遅れの程度は子どもによって様々ですが,ことばだけに注意を払うのではなく,身のまわりのことや知的な発達などと顕著な差があるかどうかを考えて下さい。たとえば3才なのにことばが話せないといっても,子どもによって内容は異なります。3才の子どもでいくつか例をあげましょう。
(a)歩くのも遅かった(1才半すぎていた),まだオムツをしていて全く教える気配はない,食事も1人でできず,スプーンもよく使えない,ものをなめたりかじったりするという子どもの場合,知的な発達がかなり悪いことが予想されます。家庭で悶々としていないで早く地域の児童相談所などに相談に行き,適切な所でことばだけでなく生活面を中心にした指導を受けることをおすすめします。
(b)人と視線が合わず,こちらの云うこともわからないけれども,ミニカーや電車に偏った興味を持ち並べてながめている,パズルなどが好きで良くできる,排泄や食事などの身のまわりのことは自立している場合もあればしていない場合もある,ことばは理解していないらしい,自分の欲しいものは黙って取ってしまうこともあれば人の手をひっぱって行くこともあるというような子ども,
(c)それから又,ことばは少し理解し,赤チャン語や,単語の一部だけを云う,身のまわりのことは少しできるがまだ介助が必要,全般に1才代の幼児と同じ位に思われるような子ども,
(d)非常に落ちつきなく目を離すとどこに行ってしまうかわからない,発達の状態は(b)や(c)のようである。
このような(b)〜(d)の子どもも(a)の場合と同じように児童相談所などで相談し早く全般的な指導を受けられるようにして下さい。
その他(e)としていわゆる「おくて」といわれる子ども,「おくて」と似ているが将来の予後が悪い,ことばの発達,特に話す面が極端に悪いという子どもがいます。3才でことばはしゃべらないが,その他の面は3才児なみのことができ,人の云うことがよくわかり,まねをして出せる音,単語が増えてきたという場合,今後あまり心配しなくても良さそうです。ところが「おくて」と似た状態だが,ことばをまねすることが全くできない,身ぶりを盛んに使うという子どもの場合,言語療法士のいる病院や施設を捜して経過をみてもらって下さい。「おくて」と考えられる子どもの場合はふつうのお子さんと同じように扱うと良いと思われます。
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●ことばの発達を促すには
子どものことばの発達段階,特にことばが全くあるいはほとんど獲得されていない低い段階について詳しく説明したいと思います。ここでは段階を低い順から1〜5迄設定してあります(表3)。そして低い段階1〜3を中心にその状態及び援助の仕方をお話ししましょう。
●段階1 (大体9ヶ月位までの発達レベル)
年齢と関わりなく発達の程度がおよそ9〜10ヶ月未満と考えられる場合で,排泄などの身のまわりのことを全面的に介助する必要がある子どもです。歩くことはよくできますが目的もなくフラフラ徘徊したり,飛びはねたり,体をゆする,ぐるぐる回るという行動,手をヒラヒラさせる,つばを吐いてはこする,紐や棒を持って歩く,玩具や日常の道具はかじるとかなめるだけといった行動が多い子どもですから世の中のことがほとんどわからない,ことばが存在することすらわからないのです。ことばを話すはずがありません。
それより以前に,身近な物,人,状況に関心を持たせることが必要です。食事ではスプーンやフォークを使うものである,水を飲む時はコップを使うものであることを教えたり,排泄も時間排泄を心がけ,排泄への意識を育てること,排泄の度に前や後を軽く叩き「オシッコね,シーシーね」などのことばをかける,少しでも1人でパンツをはけるよう足を入れてやってから様子を見るなどとほんの少しでも良いから手を添えてやらせてみて下さい。オモチャについても同じです。電話やたいこを与えて放っておくだけではなめたりかじったりするだけですから,できなくても手をもって扱い方を教える,図17,18のようなオモチャも良いでしょう。振ったり叩いたり押さえると音が出る,回るといった赤ちゃん用のオモチャは比較的関心を持つことが多いようです。自分の加えた力が感覚を通して直接何らかの結果をもたらすようなものです。感覚を使うことで視線が物に行く可能性が高くなります。オモチャでも日常的な道具でも自分の手を使って動かすことでその物を注目するようになる,という目と手の一体化は物についてのイメージを作るのにとても重要なことなのです。
ことばは発音することだけではありません。いくらスプーンということばを発音させようとしてもスプーンそのものについてのイメージができていなければ無駄な努力となります。何かをやらせようと思ったら,初めほんの少しの物をほんの短時間で良いから手を添えて一緒にやってみて下さい。初めから全部子どもにやらせようとしてもお互いにイライラするだけで,結局は面倒になってお母さんが全部やってしまうことになります。そしてあきらめず同じことを繰り返し繰り返し教えてあげましょう。2,3日であきらめないように,時々やるのではなく毎日やること,1週間,2週間と根気良く続けてみましょう。目標は次にお話しする段階2です。
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●段階2 (1才少し前から1才前半)
周囲の物,人,状況に関心を持ち始めた段階です。自分のことの中でできるようになりつつあることも増えてきます。次に述べるように物をそれらしく扱い,人の動きを理解して適切な行動をとることも増えてきます。自分の名前に反応することもありますが,物の名前はまだよくわかっていないようです。自分の要求を人の手をひっぱって表現することもあります。たとえば,特に食べることに関する物が多いのですが,水が飲みたいとコップをもってお母さんを水道の所にひっぱって来たり,冷蔵庫の前に引っ張ってきて開けさせ欲しい物の方に手をやる,アイスクリームの時は冷蔵庫の用へ手を伸ばすといった行動を取る子どももいます。プリンやヨーグルトを目にすると黙っていてもスプーンを持ってくる,カレールウを見るとお鍋,じゃがいも,玉ねぎを用意してくれる,ラーメンの袋をみると自分のどんぶりとおはしをセットで持って来てちゃっかり座って待っているおもしろい子どももいます。くつをみると足につける,ほうしやくしをみると頭につける仕種をしたり,お母さんの化粧水を顔につけてみるなどということはありませんか。こんな色々できるにもかかわらず,この段階の子どもはことばを理解していないのです。バイバイ,ちょうだい,バンザイに反応することもありますが,これは機械的な動作が多く意味を理解しての行動ではないようです。
ここでの目標は段階3,すなわち物には名前がついていることを教えることですが,先ず使い方を知っている物の数を増やし,その物についてのイメージを育てあげること,そして身ぶりと幼児語をふんだんに使って簡単なことば掛け(長い文は必要ありません)をしましょう。たとえばぼうしをかぶせながらお母さんは子どもの頭を軽く叩き,自分の頭も叩き,「ぼうし」とことばをかける,電話のオモチャで遊んでいるときは,耳に手をあてる身ぶりをして「モシモシ」と云う,子どもの手を持って子どもの耳に手をあててやることも忘れずに。「ねんね」といいながらふとんを叩いたりしてみましょう。日常生活で子どもが今まさに目にし,使っている物についてその瞬間をとらえて子どもが注目している時にことばをかけ身ぶりをしてみせる。一緒に手を添えて身ぶりをさせることが,ことば(身ぶりも一種のことばです)の存在を気づかせる働きかけになります。これもやはり根気良く続けてやってみて下さい。時にはいじわるをして,子どもができないことがわかっていても何もみせないで「スプーン持って来て」と声をかけます。そして当然わかりませんからチラッとヨーグルトやプリンを見せ,また隠します。そうすると子どもは物を見ればスプーンのことがひらめきますから持って来ます。こういったほんの一呼吸間を置いてみることをくり返して行くと徐々に「スプーン」ということばを聞いただけで持ってくるようになることがあります。新聞やみかんのように落としても壊れない物を一緒に持って行きながらお父さんに渡す,ゴミを持たせて捨てさせる,オモチャの箱に手を添えて片づけさせる時も簡単なことばを云いつつ(「みかん」,「ゴミポイ」,「ブーブー」「ポトン」など)やらせると良いでしょう。何でもお母さんがやってしまうのではなく(できないことを子どもにやらせるというのはとても面倒なことですが),子どもを「こき使う」位の気持ちで,少しずつ決まったことをやらせることに挑戦してみて下さい。順調に発達している子どもはうるさい位自発的に参加して来ますが,遅れている場合,積極的な行動は少ないですから,周囲の人が少し頑張り,ていねいに働きかける必要があります。図19のようにブロックはこの箱,本は戸棚と区別しながら片付けさせる日常的なことも子どもにとってはその物について知識を得る良い機会となります。靴を下駄箱にしまう(図20),おはしを並べる(図21)などもやってみて下さい。
また一緒に遊ぶことも大切です。それも大人のペースではなく,お母さんが子どものまねをしてみて下さい。そうすると子どもはお母さんのことを注目するようになるでしょう。遊ぶというとすぐ本を読んでやろうと短絡的に考えないで,本も大切ですが,子どもの興味を大事にしてあげて下さい。表4に日常生活の色々な場面と働きかけ方の例をあげましたので参考にして下さい。
表4 言語発達を促す働きかけの例(段階1や2を中心に)。
ここに挙げたのはほんの一例で,日常生活で子どもが出合うほとんどすべての物・状況が言語学習の材料になります。
<段階2>は言語の理解はできないが,物・状況の理解が徐々に可能になる段階ですので,一定の状況を背景に物の操作をやらせ,関連ある物同志,物と状況の結び付けを成立して行くように援助する必要があります(毎日の生活そのものですが)物には社会的に決められた使い方があり,その意味でことばと共通しています。また,子どもが物を操作している時,周囲の人びとは大抵声をかけています。それによってことばとその意味内容が結びつけられ子どもは単語を獲得して行きます。
出典:精神薄弱ハンドブック 改訂版 日本精神薄弱愛護協会(昭和60年)より
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●段階3 (1才半)
この段階はことばが獲得された段階です。物の名前を幼児語や身ぶりで表現したり,表現はできなくてもこちらが身ぶりやことばを云うとそれが何を指すかわかるようになります。言われた物を持って来たり,絵本で指さしたり,自分の体の部分を指さしたりします。ここに到達すると語いの増加は加速されて来ます。くり返しますがことばが云えるかどうかより人の云うことがわかることの方がまず先決問題です。周囲の人もよく働きかけるようになり,子どもはさらに伸びて行く場合が多いようです。お母さんの働きかけ方は段階2と同様ですので,積極的に遊んだり,ことばをかけながらも子どもを「こき使って」下さい。話ができなくても身ぶりのまねをすることが増え,まねだけでなく,「ぼうし持ってらっしゃい」といわれると頭に手をやりながら持って来るように自発的に身ぶりをすることがあります。ぼうしということばは子どもにとって難しい発音で仲々まねできないのですが,身ぶりならやり易いし,身ぶりをしている内につい「ぼ」(ぼうしのぼ)と云ってしまうこともあります。また幼児語の方が云い易いですので,できる方を先に吸収して行きます(「イヌ」というより「ワンワン」の方が易しい)。幼児語はいけないというのではなく積極的に用いることで,子どもはことばの有効性に気づき始めるでしょう。そして幼児語といつも成人語(「ワンワン,イヌだ」など)とペアにしてきかせてあげましょう。次第に成人語が獲得されていきますから。わかる単語が増えてきたら段階4を目ざして,動詞,色の名前,大きい・小さい,あった・ない,〜ちゃんの本,といったことばをその部分を明瞭にゆっくり云ってみましょう。たとえば「お手々洗う,お手々洗っている,お手々洗った」のように子どもの動作の進行状況に合わせたことばかけをする,「赤いブーブーだ」,「大きいワンワンね」,「ブーブーあった」,「〜ちゃんのおせんべい」などです。写真の配膳の場合は(図21)「お父さんのおはなし」のような2語文を理解させる機会となるでしょう。
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●段階4 (2才台)
2語文・3語文が理解できるようになった段階です。まだ単語しか話せない子どもで理解面を調べると段階4に到達しているという場合もあります。但し家庭ではわかりにくいことが多いのですが,段階4以上になると人の云うことがよくわかり,扱いがとても楽になったと感じることが多いと思います。子どものしていることをことばで云ってあげましょう。子どもの表現がまだ単語の場合,少しずつ,2語文になるように促してみることも時には必要です。たとえば「牛乳」とだけ云う子どもは「牛乳ちょうだい」とちょうだいの部分を少し強調するとまねするかもしれません。ことばの初めの部分だけを云ってあげると(ちょうだいの「ちょ」だけ云ってみると)続きを云うかもしれません。くれぐれも注意しますが,こわい顔をして強要しないように。さてここまで子どもが発達してきたら日常生活での支障はかなり減少します。自発的に2〜3語をつなげて話せるようになったらほめて下さい。そして発達全体の遅れを伴う多くの子どもはこれ以上の段階に行くことは特に知的発達と関係し,その子どもが能力があれば到達するかもしれません。段階5については文法的な能力を問題にしますので,ここでは省きます。最後に,自閉的な子どもで,オーム返しでよくまねをし,コマーシャルを口にするのに人の指示に反応しない,会話ができないという子どもについて,どうしたら良いかとよく質問されますので,述べたいと思います。このような子どもは,耳から入ったことばを自分で再現することはできるのですが,質問しても質問をまねするだけで答えをしません。質問の意味がわからないからと考えられます。こういう場合,重要なことは色々な物の名前を云わせるということより,いかに理解させるかということですので,色々な物を持ってこさせることをたくさんやって下さい。たとえば,「はさみもって来て」,「ブーブ(あるいは「自動車」)」の本を「持って来て」,というように指示を与えます。初めは「はさみ」という部分にだけ反応してはさみの所には行くけれど「もって来て」の部分に反応しないかもしれません。あるいは怒ってしまうかもしれません。一緒に行って持って来てあげることをくり返す内に,怒らずに指示に従うようになることが多いようです。また質問,たとえば「これなあに」とたずねると「コレナアニ」だけしか云わない場合は,「これなあに,みかん」というように答えをつけて云ってあげて,次第に「これなあに」と「みかん」の間をあけて行く細かな働きかけが必要です。人の指示がわかるようになり,質問に何を答えれば良いか子どもが理解すると,オーム返しは減少することがよくみられます。オーム返しはことばの意味の理解と反比例するようです。
ことばは子どもの年齢でみるのではなく,子どもの全体的発達とのバランスで考えて下さい。年齢が3才以上で低い段階にいる場合,とても大変ですが根気良く働きかけてみましょう。家族の皆が協力し,お母さんを責めず,励まし支えてあげて下さい。